こんにちは、おかちゃんです。
実家の母は、今でこそ認知症で何を喋っているやらわかりませんが、昔は多趣味な人でした。
セーターも編み機で編んでもらったし、ワンピースやブラウスもミシンで縫ってもらっていました。
その後も革工芸を習ったり、いろんな習い事をしていました。
晩年は、フォークダンスに通い、楽しそうだったけど、いつ頃からか、次のステップを覚えられない、と、辞めてしまいました。
たしかにその後、私が認知症予防にと連れ出した手芸教室では、ハサミで切ってはいけないところを切ったり、手縫いの目の粗いことに、驚きました。
迎えに行くと行きたくなさそうだったので、最後は私ひとりで習っていたけど、私も母のために始めた教室だったので、やめちゃいました。
あの時既に認知症は発症していたのです。
最後まで続けたのは、押し花だったかな?こちらも事情で辞めてしまい家にこもる生活になっていきましたね。
歌でも習っていれば良かったのに、と、思います。昔の歌をみんなで歌う、これは脳の活性化にとても良いと思います。昔の歌なら覚えているはずだし。
ところで、母は、私や妹のことを常に下の名前に「さん」を付けて呼んでいましたね。
ひとりの人格として早くから認めてくれていたのかな。父の【下の名前呼び捨て】に対抗していたのか、良い教育ママでした。